経営者はもっと生データに触れるべきだ、と思う件

 もう25年くらい昔の話であるが、筆者はとある大企業の役員室会議システムなるものを設計したことがある。ペーパーレス会議システムと命名されたそのシステムでは、役員会議に上程される資料は予め全てデータ化された上で、役員さん1人1人の席に埋め込まれたタッチパネルモニタに表示されるものであった。当時の大企業は役員さんの数が半端なくて、確か35席分くらいのモニタを用意した記憶がある(専用の円卓も某家具メーカーさんに発注されていたのである、そう言えば……)。

 

 何故そんなことを思い出したかというと、最近とあるCPM(Corporate Performance Management)システムのご紹介を受けたからで、本日のテーマは掲題の通り。いや、日頃から生データに直接触れている経営者の方も多くいらっしゃるだろうから、まぁ、一部にはそうでない方もいるだろう、という前提で以下……

 

 以前、とある企業さんの役員会議にお呼び頂いたことがある。まぁ、多分どの会社でも似たようなものなのだろうけれども、その会社の役員会議では、各部門の責任者なり代表者なりが順番に、パワーポイントか何かで作成した資料をプロジェクタで表示しながら説明を行っていた。

 

 さて、その席上トップマネジメントが「ちょっと、関東地方のここ半年の売上データを見せてくれ」みたいなことを言いだした。で、そんなことを予定していなかった担当部門の責任者は当然のように「それでは、来月の会議でご報告申し上げます」的な返答をしたのである。まぁ日本的と言うか何と言うか、その場は「そうか、分かった」で事なき(?)を得た責任者は、実際、翌月の会議では「関東地方の売上データ」を報告資料に含めることにしたのである。

 

 まぁ、巷間よく言われる「ご飯論法」の亜流であろうか、これは?

 

 お気づきの通り、この時のトップマネジメントの質問は、彼が本当に聞きたいことではなかった。それは単に質問の導入部分に過ぎなくて、翌月の会議では当然「じゃぁ、関西地方の売上を見せてくれ」という質問が投げられ、また翌月に持越しになる。そのまた翌月の会議では「関東と関西で売上の傾向に差が見られるようだが……?」みたいな質問が出てまた翌月に繰り越して、改めて報告がなされる時には既に、元の疑問がどこにあったのかが分からなくなってしまう(時宜を逸してしまう)……という不幸な現場を、筆者は見てしまったのであった(何故この時、筆者が何もできなかったのか……という疑問はお察し)。

 

 それで今回ご紹介頂いたCPMなのだが、何と便利なことに、業績のインサイトをパワーポイントに転載して報告する機能があると言う……そう、こういうのなのです、元凶は……

 

 きっと、財務部だか経営企画部だが営業企画部だか知らないが、こういうシステムの実際のユーザーはこういう部門の人達なのであろう。で、きれいな様式で出力できて、トップマネジメントに報告する業務にかけるコスト(労力)が下がる(生産性が上がる)と言うことらしい。でもコレ、本質的にはさっきの不幸な会社さんと同じなのでは? などと筆者は思ってしまうのである。

 

 CPM導入で生産性が、とか言うのはその通りだと思うけれど、肝心なのはそこではない。トップマネジメントにだけ見えている景色と現場からの報告の間のギャップ。これを埋めることこそが、トップマネジメントの為すべき、且つ、トップマネジメントにしかできない役割なのではなかろうか。

 

 それを「ご飯論法の亜流」のようなもので煙に巻かれてしまってはいけない、と筆者は思う。そしてCPMのようなシステムが進化することは、導入部門をして「より良くトップを煙に巻くツール」を手中にする、という陥穽に陥れることになるのではなかろうか。換言すれば、仕事を作るためにツールを導入することになるのではなかろうか、という疑念である。半ば無意識に、あるいは半ば確信犯的に……

 

 筆者が社会人になった頃、筆者のお世話になった会社では「ワープロ」とは部長の手書き文書を事務の女性が「清書」するためのツールであった(そんなことのために高価なWSが使われていた……)。そんな時代であればトップマネジメントが生データを、等と言うことは妄言であるとも思える。しかしリテラシーが向上した昨今であれば、経営者こそが、これらツールのユーザーになるべきではないだろうか、と思う次第。

 

 そうでなければ冒頭に挙げた25年前の「ペーパーレスシステム」と大差ないのである。それは、予め担当部門が(担当部門の都合に合わせて)作成した資料に基づき企業の意思決定を行うシステムである。今の時代、そうではないと思う。もっと、経営者が生データに触り、経営者自らがその経験と直感に基づきインサイトを知る必要がある、と筆者は思うのである。

 

 いや、多分既に多くの経営者の方がそうされているであろうから、まぁ本論は、未だそうで無い方に向けて……